うちに来て笑顔で帰ってもらうのが一番
母が言ってたのは
『歩く人って歩く神様なんだよ』
小さい頃からそう言われて育ったの

今年4月、ペットフェス in 松島離宮では多くの方が唐揚げを食べている光景を目にした。『落ちない唐揚げ』─ 昨年暮れに放送された番組『マツコの知らない世界・からあげの世界』で、ご当地唐揚げ全国3位として紹介された商品である。ご存知の読者も多いと思うが、こちらは石巻市北上にある釣石(つりいし)神社の境内にある『から揚げこっこ屋』の人気ナンバーワンメニューだ。秘伝のタレにしっかり漬け込んだニンニク風味たっぷりの定番唐揚げに、のり塩、ハニーバター、スパイシーと味の種類もさまざま。今日はどれにしよう。カップに盛大に積み上げられた唐揚げは圧巻のビジュアル。落とさないようにゆっくり取り出して…ガブリとひと口。サク、カリッ。揚げたての熱々だ。中まで味がしっかり染み込んでいて美味しい。一つ、またひとつ。ああ、幸せだ。ときどき喉を潤しながら、無我夢中で頬ばった。

から揚げこっこ屋がある釣石神社は落ちそうで落ちない受験の神として有名である。崖の中腹から突き出た周囲14メートルもの巨石が、昭和53年宮城県沖地震に耐えたことから、”受験の神”として人気が上がった。その後、東日本大震災にも耐え、ますますその名を全国に知らしめた。落ちない唐揚げはこの大きな釣石にちなんだネーミングであり、その縁起物の鶏の唐揚げは落ちることなく山盛りに盛り付けられる。

店先に立つのは武山幸江さん。から揚げこっこ屋の創業者で、店主であり、世界中から訪れるハイカーにとってお母さん的存在である。大の犬好き。元々犬は苦手だったが、娘さんの影響でいつしか愛犬家に。
武山さんは石巻市北上地区の神社の家に生まれ、弟さんが一人。大人になって東京に出て航空会社に勤めた。やがてお肉屋さんを経営していたご主人と出会い、結婚を機にそのお肉屋さんで働くこととなる。そこに居酒屋の経営も加わり、日中はお肉屋さん、夜は居酒屋と一日中働いた。居酒屋はお客さんが絶えることがない人気の店だった。良い肉を使ったステーキを安く出したり、特に唐揚げはリピーターが多い大人気メニューだった。人が人を呼び、常連であふれ、賑やかな宴席には所狭しと料理が並んだ。遠くの地域からもどんどん食べに来てくれた。

ところがある日、娘さんが大病にかかってしまう。武山さんは仕事をやめることにした。病気が深刻で、できる限り一緒にいていろんなところに行ったりして同じ時間を過ごそうと思ったからだ。でも全く仕事無しでは困るので三陽商会に入社しデパートで働きながら看病をする。居酒屋のお客さんに請われて料理作りにも通う。「お客さん相手の仕事は切らなかった」と武山さん。やがて娘さんは寛解して元気になった。三陽商会は60歳まで勤めて退職。家族は安泰、後はのんびり暮らせると思ったが…。
東日本大震災。故郷には神社を継いだ武山さんの弟が暮らしていた。鳥居も社務所も流された。弟さんの命は無事だったが近隣で多くの人命が失われた。「津波で家も流された。疲れた。神社の運営は続けられない。神社を潰そうと思う」。
武山さんは、長い歴史のある神社の家を守ることは私たちの使命ではないのか─ と、話し合いを続けた。そのうち弟さんが「(武山さんの)息子を後継ぎにするから養子に…」とちょっと前向きに。武山さんは、「養子には出さないけど後継ぎということなら神社続けられるね」と言って、姉弟、そして息子さんの思いが一致し、武山さんは故郷に戻る決断をしたのだった。
武山さんはずっと東京で働いてきたので、故郷に帰る気持ちは元々まったくなかった。震災が人生を変えたのだ。いざ石巻に引っ越すとなった時、「主人を騙し、娘を騙して、最初は自分と孫だけで来た」と言う。武山さんの息子さんは神主の資格を取るため出羽三山神社へ修行に。武山さんは釣石神社で手伝いをしつつ、参拝に訪れた人たちにお茶を出した。復興工事でいろいろな人が来る。神社周辺には食料を売る店がなく、食事をする場所もなかったので、釣石神社の広い境内は工事で訪れる人たちにとっても良い休憩場所だった。
ある時、工事の男性二人が「昨日の夕飯の余ったやつでいいから、弁当二つ詰めてくれないか」と頼みに来た。二つでいいって言われてしまうと、断れなかった。
「すぐにできるよと言って作ったら、その後からもう大変。次から次へと、10個、20個ってどんどん増えて。いろんな人が注文していくもんで、もう、一人で作るのが大変になって、娘を呼び寄せてね。そのうちお父さんも仕事辞めてこっちきて。まあ歳とったしって言って」
かくして家族が揃い、石巻での新しい生活が始まった。近所の人たちがよく来てくれて、「助かるよ、食べるところあって」。そう言われるのが支えとなった。

居酒屋時代に特に唐揚げが大人気だったので、その経験を活かしてメニューに加える。使うのは『森林どり』だ。ジューシーな味わい。くさみもない。森林どりに合わせて味付けも進化させた。やがてそのおいしさが評判になり、徐々に県内外からお客さんが来てくれるようになった。
そして『みちのく潮風トレイル』がこっこ屋の人気に拍車をかけた。トレイルとは森、海沿い、登山道、古道など、人が歩いて自然や文化を楽しむために利用される道のこと。
『みちのく潮風トレイル』は青森県八戸市から福島県相馬市を結ぶ、およそ1,000キロの長い長い道。雄大な自然を感じてもらおうと、震災後に環境省が整備した。歩く旅に魅了された世界中のハイカーがみちのくを目指す。釣石神社もその途上にある。
「世界的な冒険家の阿部雅龍(まさたつ)さんが何度も来てくれたのも、こっこ屋が全国に知られるようになった理由かもしれません」
武山さんは昨年若くして亡くなられた阿部雅龍さんに感謝の声を届けるように話してくれた。お客さんの層で言えばハイカーさんが今一番こっこ屋に来てくれている。海外の方も多い。唐揚げを食べて、休んで、そしてまた歩き出していく。そんなハイカーさんに武山さんは必ず手土産を渡すそうだ。
「うちに来て笑顔で帰ってもらうのが一番。母が言ってたのは『歩く人って歩く神様なんだよ』って。小さい頃からそう言われて育ったの。それで心ばかりの捧げ物という感じで、おもてなししたくてね。おにぎりと唐揚げ入れた弁当を作ってあげたり、お菓子や飴をあげたりね。母譲りの性分で家の前を歩いている人にも声をかけちゃう。困ってないかなってね。家に泊めてあげたことも何回かあったよ」
そう言って武山さんは14歳頃の巫女さん姿の写真と同じお顔で笑った。これからも武山さんは世界中の人を笑顔にしていくのだろう。

武山さんはご家族と8頭の犬と暮らしている。娘さんが大の犬好きで、「私に内緒で連れてくるのよ」と、どこか満足げ。昔は犬があまり好きではなかったらしいが、今は「一緒に寝てくれている」と嬉しそう。
から揚げこっこ屋さんは釣石神社の境内で営業していて、別の場所に出店することはなかったから、春のペットフェスが初めての出張営業。
「4月のペットフェス? いやびっくりしました。皆さんの『犬愛』をしっかり見させていただきました。そしてみんなお利口さんなのよね。みんな綺麗に着飾ったワンちゃん、可愛くて可愛くて。ファッションショーも見た思いで、それ可愛すぎるんじゃない!?みたいな。素晴らしいよね。2日間癒されましたよ」。
秋のペットフェスにもまたぜひご登場いただいて、おいしい唐揚げを皆さんに食べてもらいたい…。そう願いつつ、手を振る笑顔の武山さんに見送られながら北上を後にした。

から揚げこっこ屋 店主
武山幸江(たけやま・さちえ)さん
1953年生まれ、石巻市北上地区出身。50年以上東京で暮らし、東日本大震災を機に夫と娘、息子、孫と一家で東京からUターン。「から揚げこっこ屋」を開業。家族とともに愛犬8頭と暮らす。
から揚げ こっこ屋
宮城県石巻市北上町十三浜菖蒲田305
営業時間:土日10時〜17時
平日11時〜15時
(取材:毛利達也 撮影:那須川薫 (PHOTO STUDIO swallow)
写真提供:武山幸江さん















