いろいろやっているけど
雑用係みたいなもんだから。
でも誰かがやらなきゃならない雑用ってあるんだよね。
仙台市の獣医師会会長である小野先生とお話するのは今回で2回目。3年ほど前に宮城県に存在する2つの獣医師会(宮城県獣医師会と仙台市獣医師会)とはどういう組織でどんな活動をしているのかなど、東日本大震災から10年という節目もあって色々とお話を伺った。あの時は小野先生が院長を務める小野動物病院でお話をうかがったのだが、今回は仙台市宮城野区にある夜間救急動物病院での取材となった。
宮城で生まれ育った小野さんは高校生の時にご両親から医者になることを強く薦められたそうだ。しかし当の本人は全くその気になれず、何度となくご両親から言われても、なかなか進路が決まらずに時間だけが過ぎていった。そんなある日、医者は医者でも獣医師はどうかと言ってきた両親の言葉が心を動かした。当時飼っていたペットの死を目の当たりにしていた影響もあってか、獣医師という言葉に未来を見つけることができたようである。
高校卒業後、岩手大学で4年間学び国家試験合格。普通であれば、そこから研修医として経験を積み獣医師となってゆくのだが、小野さんの場合は更に3年間大学院で研究を重ねていった。この頃から常に学び研究するという姿勢ができていたのかもしれない。
大学院を卒業後、のちに師匠と慕う獣医師の元に勤務医として就職し、東京で2年間実践を重ねていった。この2年間が小野さんに大きな影響を与えたようだ。それまで大学院に通いながら見て来た東北の動物医療が全てだった小野さんにとって、東京の一部ではあるが先進的な開業医の存在は大きな衝撃を与えた。臨床の技術、病院のあり方、内科に関する知識など、どれもが驚かされるものばかりだった。そしてその時感じた気持ちが今の全てに繋がっている。
東京での修行を終え、地元宮城に帰ってきた1985年、小野動物病院を開業。そこから37年間開業医として様々な小動物たちの病気やけがの治療に力を尽くしてきた。と同時に学会などにも積極的に参加し、常に知識をアップデート。もともと温厚で優しい上に知識が豊富な小野さんの周りにはたくさんの獣医師たちが慕って集まって来る。そうして同じ志を持つ者が集まるとより良い動物医療に取り組むための組織が生まれ、自然とその組織の役職が小野さんに回って来るようだ。
公益社団法人 仙台市獣医師会会長という立場である小野さんはそれまで仙台市と宮城県それぞれ別の役割を持つ獣医師会を協力しあおうと繋いだ功労者だ。それまで宮城県獣医師会と仙台市獣医師会が別々に開催していた「どうぶつフェスタ」を「一緒に楽しく開催した方がお互いにプラスになる」と合同開催にしたのは小野さんであり、小野さんの考えに賛同した獣医師たちなのだ。現在は症例の検討会なども合同で行っており、交流する機会が増えてきたと嬉しそうに話してくれた。
また、小野さんが病院長を務める夜間救急動物病院は、仙台市獣医師会に所属している開業医が集まりお互いを助け合いながら情報を共有し高め合う目的で設立された「協同組合仙台獣医師会」が運営している。
今から20年ほど前になる2004年9月に「協同組合仙台獣医師会 夜間救急動物病院」は開院した。獣医師も看護師も常時待機しており、それまで夜間の診療は日中の病院の獣医師が休む時間を犠牲にして担当していた在り方を見直し、なおかつ、家族の一員である動物に対しよりしっかりした専門的な治療ができるよう、設備投資も行われた。今では仙台市内だけではなく、県内外からも緊急を要する動物たちが来院する。かかりつけの動物病院が終わっている夜間にけがや病気の発症、持病の悪化などに陥った大切なペットを受け入れてくれる飼い主にとってとても心強い存在だ。
2018年4月からは「総合どうぶつ病院」として昼間の時間帯も稼働している。皆さんはそれまで難しい症例の診断と治療のためには、盛岡の大学か東京の専門施設に行かなければならなかった事をご存じだろうか。動物の医療は急速に進化し、宮城県内の動物病院にある医療設備だけでは限界があることを獣医師たちは認識していた。そのため「協同組合仙台獣医師会 総合どうぶつ病院」ではCTやMRI画像診断をはじめ、内視鏡診断や脳外科などの高度な手術ができる二次診療施設※としての役割を担っている。
(※かかりつけの病院(一次診療)から紹介を受けて診療を行う、いわば大学病院のような診療施設のこと)
協同組合で運営しているこの2つの病院は、組合員である獣医師たちみんなで運営しているという思いがあり当初は病院長という立場を設けていなかった。だが様々な手続きや運営していくうえで「病院長」という立場の人が必要となり、協同組合の立ち上げから尽力していた小野さんが就任することとなった。本人は「病院長といっても雑用係だから」と言っている。現在は週4日、昼から夜へ切り替わる時間帯の中継ぎとしてお手伝い程度の事をしながら、会議に出たり資料を作ったりのデスクワークの方が多いそうである。実際に診療に直接携わることがなくなってきた現在でも小野さんは「獣医師たちは常に進歩していかなければならない」という考えの元、いつも「勉強に時間を割きたい」と思っているそうだ。研究熱心な小野さんは学会にもよく出席し、その縁で、日本中の学会で一番人が集まる「一般社団法人日本臨床獣医学フォーラム」の立ち上げから専務理事・事務局長を長年勤め、現在でも幹事として活動している。さらに2つの愛玩動物看護師の専門学校の講師も務め、週に2日、2時間の講義をしているそうだ。
たくさんの仲間たちに囲まれ、縦とも横とも繋がっている小野さんはとても頼りにされている存在。「雑用係だから」とは言っていたが、誰かがやらなくてはならない大事な役目であることは間違いない。若い頃に見た都心と地方の動物医療の格差をなくすため、そして若い世代の獣医師たちを導くため常に勉強を怠らず、また人を大事にしている小野先生は今後の動物医療にとって、なくてはならない存在なのだろう。
公益社団法人仙台市獣医師会会長 小野 裕之
1958年生まれ 仙台市太白区郡山出身
協同組合仙台獣医師会総合どうぶつ病院・夜間救急動物病院の病院長でもあり
一般社団法人日本臨床獣医学フォーラムの幹事も務める。
高校ではギター部に所属。バンド演奏する際はベースやドラムなども器用にこなす。
小5の頃通っていたオルガン教室をやめたいと先生に伝えると「才能があるから辞めないでほしい」と
切願された経験をもつ。