Moon River
第十三話
シーズンオフのサンタクロース
(前編)
ドイツから飛行機に乗って2時間半、機体がガタガタと揺れ始めた事に気づいて目を開けた。
ぼーっと窓の外を見ると、目下に見えた小さな島に向かって急激に高度を落としているようだった。真っ青な海を突然切り取る海岸線、着陸態勢に入ってからの30分間はいつも心をワクワクさせる。ゆっくりと陸が近づいてきて、徐々にその町の風景の解像度が上がっていくのを感じながら、心の中でこの島の名前を呟いた。
レフカダ島─
今回この島に来る事になったのは、日本で楽曲製作を通じて出会った篠笛の先生がきっかけだった。先生は毎年演奏会でこの島を訪れているらしく、ちょうど欧州にいた私を、よかったら一緒にこの島を見て回らない?と誘ってくださった。
ギリシャ領イオニア諸島地方に属する人口約13,000人程の島だそうで、小さな空港に無理矢理機体をねじ込むようにして着陸する際は、流石に経験したことのない大きな揺れに少々ヒヤヒヤしてしまった。無事に着陸できた事を深呼吸しながら実感する頃には、少ない乗客がバタバタと足音を立てて出口に向かっていて、まるで市営バスを最寄駅で降りるくらいの身軽そうな様子に、一瞬飛行機に乗っていた事を忘れそうになる。
搭乗口から階段でそのまま滑走路に降りると、すぐ横を空港スタッフが山程のスーツケースが入った大きなカートを、絶妙な体重移動で反動を付けながら器用に運んで行く。普段だったら立ち入る事が出来ないであろう領域を見せてもらっているような気がして、私は興味津々だった。
無事に空港を出てタクシーを拾い、スマホでマップを見せながらこの日の宿に向かった。窓を全開にして肺いっぱいにこの島を感じていると、カウベルの音がガラガラガラガラと聞こえてきて、仔牛の群れが道路を塞いでしまった。それに合わせてスピードを落としたタクシーの後部座席であまりの非日常風景に驚く私を、使い古したキャスケットを深く被った白髭の運転手が私と同レベルくらいにはお粗末な片言英語で話しかけてくれた。
牛が好きなのか、と聞かれて大袈裟なジェスチャーで好きと答えたけれど、心の中で、「いや私ってそんなに牛好きだったっけ」と思わずつっこんだ。“何だかよくわからないけどめちゃくちゃ牛が好きな日本人”と認識されたであろう私に、運転手のおじさんは遠回りして何度も仔牛の群れを見せてくれた。タクシーのメーターはどんどん上がっていったが、この際100パーセントのご厚意だと受け取ろう、と私は諦め半分、感謝4分の1、もう牛はいいよの気持ち4分の1でようやく宿の前に到着した。
宿に着く頃にはもうスマホの充電は残り少なくなっていた。キッチンの使い方やら色々と聞いた後、すぐに荷物の整理をして充電をしようとコンセントを探したのだが、持ってきたコンセント口がどれもハマらない。今までも旅をしていて何度かこんな事はあったが、何せ今回は先生と夜に会う約束をしているというのにこのままでは連絡が取れなくなってしまう! そしてマップが見れなければ地理も全くわからない。なんとか変換プラグを手に入れなければ!
私は急いでシャワーを浴びて動きやすい格好に着替え、宿の外に飛び出した。牛を見すぎて大幅にタイムロスした少々の焦りと、海沿いのあかりが灯り始め藍色の空に浮かび上がる小さな街に、期待と興奮が膨らんだ。
(つづく)
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1989年生まれ長野県出身。両親の影響で幼少期より洋楽を聴きピアノやドラムなど楽器に触れる。15歳でボーカルに転身、自ら作詞作曲を手がける。2016年:映画の主題歌を含むファーストアルバムでメジャーデビュー(AZUSA WATARI名義)。2018年:単身渡欧。語学を学びながら各地のアーティストとの交流を通じ制作活動に邁進。2019年秋 アーティストネームを渡梓(AZUSA WATARI)からazufeelingに改名。
web… https://linktr.ee/azufeeling
楽曲… https://music.apple.com/jp/artist/azufeeling/1484307116
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