Moon River

第十二話

ラクダの空

私が中学生の頃から、父は単身赴任のため離れて暮らしていた。

たまに帰ってきては母の運転する車の助手席に父が座り、私は後部座席に座って、よく行き先も決めずにドライブに出掛けた。私は特に会話に参加することもなくシートに足をかけて、窓の外をただ眺めていた。

カーステレオから流れる、私にとって全く世代ではない古めの洋楽が懐かしいと感じるのは、両親の影響だ。父と母は共に音楽好きだが好みのジャンルは被らないみたいで、お互いが最近聞いた曲の良さを興奮しながらプレゼンし合い、二人が大学時代に好きだったアーティストが最近新譜を出しただの、あのアルバムをどこにしまったかだの、止まらない雑談を繰り広げる。思えば私が子供の頃から二人の会話はずっとこんな感じだった。それを後部座席でなんとなく聞いているのは嫌いじゃなかった。

この街はとにかく山が綺麗で、晴れた日は特に美しい。突き抜けるような青空と澄んだ空気の中を山の稜線が駆け抜ける。生まれ育った街なのに何万回見ても心洗われる。いつものように窓の外をぼーっと眺めていると、前の席で父と母が何やら言い争いを始めていた。

「絶対に青だよ! よく見てよ!」

「普通に考えて緑か茶色じゃないか」

何についての事なのかと耳を傾けると、二人は “山の色は何色か” について言い合っていた。長野県出身の母は青だと言い、千葉県出身の父は緑か茶色だと言っているようだった。

私は正直どちらでも良かったが改めて山々を見つめて見ると、この日のように晴れた日は、山との距離が遠く見える気がする。樹々たちは近くで見るともちろん緑色なのだが、車窓に流れる山々は少し霞んだ光を帯びて青や水色に見えた。晴天の青空とそのまま繋がって、まるで地球儀を内側から眺めているような気分にもなった。

「どっちかっていうと、青じゃない?」

別にどちらかの味方をしたかった訳でも何でもないが、深く考えずに発言すると、母が「でしょう⁉︎ 絶対そうだよね⁉︎」と興奮気味に話だし、父は少しいじけた様子だった。

私は少々面倒くさくなり、また窓の外に視線を戻した。

子供の頃、父の生まれ育った街に行った時の事を思い出した。潮風の匂いがして、モノレールが空を駆ける街だった。きっと次は、海は何色だとかで言い争うんじゃないだろうか。

母が生まれ育ったこの街の色彩が母の中にあるように、きっと父が生まれ育った街には父にしか見えない色彩があるんだろう。

そんなことを考えているうちに、二人の会話は今夜の夕飯の話題になりすっかり笑い合っていた。

夕暮れ前の空の事を、私は子供の頃からなぜか “ラクダの空” と呼んでいて、それを知る母がバックミラーで私を見ながら「綺麗なラクダの空だね」と言った。

それを聞いた父は「一体どの辺がラクダなんだ?」と言った。

確かに、なぜラクダの空なのか自分でも思い返すと、子供の頃に団地のゴミ捨て場でたまたま見つけたタバコの箱にラクダのマークがあって、その箱の色が夕暮れで茜色に焼ける直前の蒼色だったからだ。私は懐かしくなって、当時見たあのタバコのパッケージをスマホで検索してみた。

何度もデザインが変わっているらしきそのタバコの銘柄は、輸入された限定モデルや、ご当地デザインなどたくさんあるようでバラエティに富んでいた。けれど結局、私が当時見たあの色の箱はどこにもなかった。

子供の頃確かに見たあのタバコの箱は、今よりもっと小さな世界に生きていた私に漠然と何か訴えてくるようなものがあった。ロードムービーの一コマのような、飛行機が飛び立つ前の空港のような、言葉にできないワクワク感がそのまま色彩となって焼き付いていて、きっとこの先も私はこの色の空の事をラクダの空と呼ぶのだろう。

さっきまでの二人の言い争いを斜に構えて聞いていた自分が、何だか少し可笑しくなってしまった。

窓を開け、暖房が効きすぎて火照った頬を冷やしながら家路についた。

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azufeeling

1989年生まれ長野県出身。両親の影響で幼少期より洋楽を聴きピアノやドラムなど楽器に触れる。15歳でボーカルに転身、自ら作詞作曲を手がける。2016年:映画の主題歌を含むファーストアルバムでメジャーデビュー(AZUSA WATARI名義)。2018年:単身渡欧。語学を学びながら各地のアーティストとの交流を通じ制作活動に邁進。2019年秋 アーティストネームを渡梓(AZUSA WATARI)からazufeelingに改名。
web… https://linktr.ee/azufeeling
楽曲… https://music.apple.com/jp/artist/azufeeling/1484307116

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