Moon River
第十四話
シーズンオフのサンタクロース
(後編)
初夏の欧州は夕方が長くて心地良い。日本にいても夏の夕暮れに半袖一枚で、近所の幼馴染とコンビニで買った缶ビールを空けるのは最高だ。あのなんとも言えない昼と夜の間のような、過去と未来の間のハブ空港のような時間が何時間も続く。そんなことをふと思ったりもしたが、この日の私はとにかくいち早くこの国のコンセントに合うプラグを手に入れるために走り出していた。
この島がどんなに田舎だとしても、近くにドラッグストア的なものくらいあるだろうと結構楽観的に考えていたのだが、いざ散策を始めてみるとそんなものは一向に現れない。パッと目に入ってきた雑貨屋らしき店に入ると、壁一面に子供用のおもちゃが並んで売られていて、店員さんにコンセントの変換プラグがあるか聞くと、そんなものはないし、近くで売っている店も多分ないよと言われた。
横目にカラフルな輪投げらしき物や紙風船が目に入ってきて、普通に考えたら変換プラグよりも輪投げに遭遇する確率の方が少ないはずなのに、なんで私が今探しているものは変換プラグなんだ!と頭を抱えた。
その後も何軒か手当たり次第に店を周り、よくよく考えれば、じゃあ自分の故郷の田舎町にある雑貨屋に海外のコンセントを変換するプラグが売っているかと考えて、“そんなもの売ってないわ”と思い直す頃にはもう半ば諦めかけていた。
せっかくシャワーを浴びたのにしっかり汗をかいてたどり着いたオープン前のパブらしき店で、いつもよりさらに大袈裟なジェスチャーで変換プラグがどれだけ必要か伝えると、これまた白髭にパツパツのシャツを着たおじさんが、それはないけどここで充電していきなよとスマホの充電器の先を見せて大きくgoodサインをした。
白髭のおじさんがこんなに頼もしかった事が未だかつてあっただろうか。今一番欲しいものを目の前に差し出してくれるなんて、サンタクロースの再来か。しかも充電している間にこれでも飲みなよと泡だらけのビールまで出してくれた。
渇いた喉に一気にビールが流れ込んで、細胞が生き返る。私が一息つくのを待ってから、「変換プラグってどんなやつか絵に描いてよ」とチラシの切れ端とインクの出の悪いペンをサンタクロースが渡してきて、私は人生で一度も描いたことのない“変換プラグの絵”を描いた。
わりとゆっくり丁寧に描いたのだが、その絵は私が見てもまぁ良くて崩れた豆腐か何かだった。日本からこんなに離れた美しき未知の島で、壊滅的な絵のセンスを披露する事になるとは思わなかった。
すると白髭サンタはその絵を困惑した表情で見つめ、おもむろに6本の足と触覚らしきものを描き足して、最後にぎょろぎょろとした目を描いた。なんともおぞましい昆虫らしき未確認生物が完成した所で、パッと顔をあげると数秒の沈黙の後、私たちは大笑いした。
その時のおじさんの笑い声がウォ〜フォッフォフォ!という感じで、サンタは本当にフォッフォフォって笑うのか、なんて思ったりもした。
そんなこんなで、先生とも無事に連絡が取れ、サンタのおかげで島の地理も把握できた。本当にありがとう、と伝えて店を出ようとすると、そのおぞましき昆虫の絵を壁にテープで貼りながら「充電したかったら明日も来なよ」と言ってウインクしてくれた。
サンタクロースは夏の間、こんな感じで過ごしているのかななんて思いながら、私はまたすっかり暗くなったレフカダ島の街を、中心地に向かって走り出した。
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1989年生まれ長野県出身。両親の影響で幼少期より洋楽を聴きピアノやドラムなど楽器に触れる。15歳でボーカルに転身、自ら作詞作曲を手がける。2016年:映画の主題歌を含むファーストアルバムでメジャーデビュー(AZUSA WATARI名義)。2018年:単身渡欧。語学を学びながら各地のアーティストとの交流を通じ制作活動に邁進。2019年秋 アーティストネームを渡梓(AZUSA WATARI)からazufeelingに改名。
web… https://linktr.ee/azufeeling
楽曲… https://music.apple.com/jp/artist/azufeeling/1484307116
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