真っ白いモフモフたちに囲まれたパンツスーツ姿の女性、原華織さん。広い青空とグランピングと犬たちという最高のロケーションにスーツ姿はちょっと違和感を覚えるが、こちらの女性はこの場所にとって、とても
重要な人物なのである。
 ここは以前ご紹介した川崎町青根温泉にある『HANABUSA DOGlamping』。4棟あるドームテントは全て愛犬と宿泊ができ、それぞれにプライベートドッグランが付いたグランピング施設となっている。この『HANABUSA DOGlamping』を運営しているのが株式会社坊源であり、その代表取締役が原華織さんなのだ。

 1985年、原さんのご両親がペンション・ボウゲンを開業した。原さんが8歳の頃の事である。実家の仕事がペンション経営という中で育ち、福島の短大を卒業後は仙台市内で普通の会社員として働きだした。
 その頃は家業を継ぐなどということは全く考えていなかったそうである。26歳の時に父親から、「競売にかけられている旅館を購入するから手伝ってほしい」と頼まれた。子供の頃に両親が一緒に楽しそうに働く姿を見て育った原さん。父親の頼みにそんなに長く悩む時間は必要なかったであろう。
それまで勤めていた会社を辞め、実家に戻りご両親と一緒に旅館業への一歩を踏み出したのである。
 まず始めにやったことは〝修行〞だった。それまでサービス業とは無縁だった原さんは、旅館のいろはを学ぶべく、秋保の温泉旅館で3か月間無給でみっちり働いた。翌年2004年、父親が購入した旅館が『山景の宿 流辿』としてオープン。さらにその5年後、2009年に『流辿別館 観山聴月』もオープンした。

 ご両親と一緒に青根温泉を盛り上げる立場に身を置いて、常に周りに気を配りながら自分自身の向上を目指し、そして「知らないことは恥ずかしい」こととして必死に勉強したそうである。お話を伺っていると何でもテキパキと片付けていく印象だが、そんな原さんが自己啓発本を何冊も読んだと言っていたのには驚いた。
 2011年、東日本大震災。青根温泉のこの辺りは地盤が固いのか、そう大きな被害はなかったそうであ
る。しかし温泉地の命である源泉が止まってしまった。この時はさすがに焦りを感じたそうだが、これは停電によるものだと判明。2週間後には電気が復旧し問題は解決できた。そこでこういう時こそ地元に恩返しをしようと温泉を開放し、たくさんの人にいっときの安らぎを味わってもらったそうである。
 旅館では石巻市の被災者を受け入れ、一年弱、本格的な営業再開ができない状態が続いた。そんな大変な時でも持ち前の明るさと「何とでもなる!」という前向きな気持ち、そして根っからの姉御肌で周囲を引っ張り、みんなで乗り越えていった。

 日常を取り戻した2020年、『お宿はなぶさ』をオープン。続いて22年には犬専用のホテル『ドッグホテルわん』を、23年には『HANABUSADOGlamping』をオープンさせた。 旅館業に足を踏み入れた20代、多くの苦労をしながらもたゆまぬ努力を続けてきた20年。総支配人を経て、23年7月、原さんは坊源の代表取締役に就任した。
 ふとご自身の事をどのように思っているのか気になり聞いてみた。
 「魚に例えるとマグロ! 止まったら死んじゃうみたいなところがあって常に動き回っている」と、即答された。思った通りの人のようだ。きっと逆境に強いタイプ、むしろ大変な時にこそパワーみなぎる、そんな人なのではないだろうか。

 そんな華織さんが今取り組んでいるのは、カカオの栽培だ。カカオ原料の? 趣味で? 温泉旅館なのに? 犬に関係しているのかな? 日本で、しかも東北宮城で育つの? いろいろな思いが聞こえてきそうだが、このカカオの栽培は今後のこの地域に大きな役割をもたらすかもしれないと、原さんはかなり本気で取り組んでいるようだ。 源泉かけ流し。よく聞く言葉だが、このかけ流されてしまった湯、つまり廃湯はそのまま川などに流すのだそうだ。以前からこの流されてしまう湯の熱を有効活用しようと、各地で融雪に使用したり、イチゴなどのハウス栽培に利用しているという話を聞いたことがある。
 青根温泉も源泉かけ流しの温泉で、原さんは、ただ流してしまうのはもったいない、何かに利用する方法はないものかと、常にアンテナを張っていた。他と同じことをやっても面白くない。青根独自の何か利用法はないものだろうか。そうしていろいろと模索していくうちに原さんのアンテナに引っかかったのが『カカオ』だった。 カカオの成長には熱帯の気候が向いている。それは一定の温度と適度
な湿度が必要で普通に育てたのではここではすぐに枯れてしまう。そこで、東北大学の協力の下、温度と湿度の問題を解決する手段として廃湯を使用することを試みている。
 現在は実験段階だが、ビニールハウスの中に廃湯を通し8鉢のカカオの木を育てている。温度と湿度を管理し、冬は廃湯だけではハウス内の温度が下がるため薪ストーブを焚いて温度を保った。そうして1・4㍍ほどだったカカオの木は2㍍を超えるほどに成長している。
 今後は鉢のまま育てるものと土に植え替えるものと分けて育ててみるそうで、花が咲き花粉交配をした後、うまくいけば4、5年後にはカカオが実る予定だ。これが成功すれば廃湯の再利用をしながらクラフトチョコをつくるなどの新しい事業展開や地域貢献につながるのではないかと期待している。青根の温泉で育ったジャパニーズチョコレート。どんな味がするのか今から楽しみに待っていよう。

「遠い将来の夢は自分が入居する温泉付き、犬付きの介護施設を作ること」 笑いながら話してくれた原さん。自分が入る、と限定するとまだまだ先の話になってしまうので、それまでの間、たくさんのチャレンジングを期待せずにはいられない。(取材 NAOKO 撮影 編集部)

原さんの愛犬達

株式会社坊源 代表取締役 原香織
1978年長女として生まれる。宮城県柴田郡川崎町出身。26歳の時に両親を手伝うため会社員から旅館業に転職。妹・弟ともに青根温泉を盛り立てている。小さい時からいつも家には犬がいる家庭で育ち、現在も4頭の愛犬とともに暮らす。休日は旅行をしてリフレッシュ。

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