愛犬ムースを亡くして辛い毎日だった私に
彼女はたくさんの犬たちとの出会いをくれました
「私は幼少期から家族で犬を飼っており、犬はいつも家族の一員でした。私にとって犬はただのペットではなく、一緒に笑い、泣き、時間を共有する特別な存在です。しかし小学校2年生の時に近所の犬のお散歩中にすれ違いざまに噛まれるという新聞に載るほど大きな事故を経験し、犬に対しての愛しさと同時に、怖さや慎重さも学びました。それでも犬が持つ温かさや癒しの力は、私の心の中でずっと変わらないものでした」(本人手記より)
今回お話を伺うにあたり事前に犬への思いを綴り、準備していてくれたのは株式会社seeds 代表取締役の佐々木治見(はるみ)さんだ。会社名を言うよりきのこがトレードマークの「妖精の家」のオーナーと言った方が読者の皆さんにはなじみがあるかもしれない。


今年の6月に5周年を迎える「妖精の家」はおとぎの国を思わせるキノコの形をしたかわいらしい建物で、その扉を開くとたくさんのおもちゃ箱が積み重なっているような心が弾む楽しい空間になっている。一つ一つの箱にはそれぞれ県内のハンドメイド作家の作品がディスプレイされており、お気に入りを見つけたら購入することができるのだ。陶芸、ガラス細工、革細工、布物、絵画、アクセサリーなどの他に犬用の洋服や雑貨など、60名もの作家の作品が箱に埋め込まれている。ちなみにこちらのお店はわんこと入店が可能だ。最近ではお店の前の駐車スペースにキッチンカーが出店し、「妖精の家」に愛犬と一緒に入れるきっかけを作ってくれたジーマちゃん(現在「妖精の家の店長」として活躍中)やそのお友達、また「妖精の家」のことを知ったわんこ連れの客などでにぎわっている。


手記にもあるように、子どもの頃に近所の犬に噛まれた経験をもつ治見さんだが、その後犬を嫌いになることはなかったそうだ。3年前まではスムースダックスフンドのムースちゃんと18年間共に過ごしていた。治見さんの人生の一部そのものだったムースちゃんの存在は大きく、たくさんの思い出を残してくれたムースちゃんのことを愛するあまり、虹の橋を渡ってしまった後は新しい犬を迎える気持ちになれず辛い毎日を過ごしていたそうだ。しかしそこにジーマちゃんが現れ交流していくうちに、犬から受け取る癒しのすばらしさを思い出し、心にぽっかりと開いた大きな穴も少しずつ小さくなっていったようである。
現在は毎日のように犬とその飼い主が訪れるようになったそうだ。更にスタート時点ではお店に置いていなかったペット用の服や雑貨を作る作家さんとの出会いも増え、ペット連れのお客さんも増えたことに、治見さんは時々ふと「私が寂しくないように、ムースがわんちゃんたちを呼び寄せてくれているのかな」と感じているそうだ。

店内にはキノコをモチーフにした作品もたくさんある。最近ではキノコ図鑑をもった5歳の「キノコ博士」がお母さんと一緒に訪れて難しいキノコクイズを出してくるそうだ。
ちなみに自宅兼店舗の建物をキノコの形にしてしまったほどキノコ好きの治見さんに好きな理由を聞いてみた。すると「子ども用のグッズなどに描かれているきのこの丸みを帯びたフォルムが大好きなのはもちろんのこと、きのこは植物ではなく菌として存在しているという不思議さや光ったり毒を持っていたりと色々な個性があって、まだまだ未知の部分がたくさんあることにも魅力を感じるんです」と教えてくれた。


ここの「妖精の家」ができるよりずいぶん前の話になるが、治見さんは花の魅力に引き込まれ花の事を学ぶためにヨーロッパに留学していたこともあるそうだ。そこで見た現地のペット事情はとても素敵なものだった。電車やお店の中にも普通に犬がいて、飼い主と一緒に行動するのが当たり前。犬はペットではなく家族として存在していた。それを目の当たりにした治見さんは、日本もペットに優しい国になって一緒に過ごせる時間や場所が増えたらどれだけの幸せが広がるだろうと感じたそうだ。そんな経験をしていたからかオープンして間もなくの「妖精の家」にきた「犬を連れて行ってもいいですか」という問合せに、快く「どうぞ」と言えたのかもしれない。
留学を終え、帰国後はフラワーコーディネーターとして沢山の花々に触れた治見さんは後に生花店を開業する。色や形、大きさなどそれぞれ違う花の個性を生かしつつ活けるという行為はこの後様々な形で役に立っていくようだ。

一方実家が運営している福祉施設の仕事にも興味を持ち、資格を取得後ケアマネージャーとして多くの利用者と接することとなっていく。利用者はどこかしら体に不調があるものだ。それを補助するための介護用品の紹介もケアマネージャーの大事な仕事の1つだが、一人一人、体格の違いもあれば不自由な場所も症状も違ってくる。しかしそれにぴったりと対応できる介護用品はなかなか見つからなかったそうだ。あとちょっと長ければ、あとちょっと軽ければ、もっと快適に使えるのに。少しの改善で利用者が快適に暮らせるということに気づいた治見さんは、それぞれの個性に合わせたオーダーが出来るように、実際に対象者と対面し身体状況を十分に把握した上で提案できる介護用品の販売及びレンタル業を始めたのだ。
また、要介護者が暮らす自宅をリフォームするための手続きなどを代行するのもケアマネージャーの仕事のひとつだ。リフォームと言っても大げさな物は少なく、トイレや玄関に手すりをつけたり家の中の段差をなくしたり、ちょっとしたことだが素人では難しく職人さんに入ってもらわなければならないような大工工事になる。そこで工務店などを斡旋するのだが、なかなかすぐには来てくれない。現地調査をして実際に工事に入るまでかなり待たされる場合もある。ちょっと手すりを付けたいだけなのに、1か月以上も待たされるなんてこともある。これでは待っている間に要介護者が転んだりして状況が悪くなることだって考えられる。少しでも早く快適に暮らしてもらいたいという思いが募り、とうとう治見さんは建設工事まで請け負う会社にしてしまった。
現在治見さんが代表を務める株式会社seedsは介護用品の販売及びレンタル業、建設業、生花販売の他に妖精の家とコインランドリーの営業と幅広く手掛けている。
一見なんの繋がりもない業務内容に思えるのだが、それを必要としている人のそれぞれの個性を尊重し、少しでも快適な暮らしができるようにするという大きな目的は同じなのかもしれない。
大きな声で元気に話す治見さんから、あふれ出てくる癒しのパワーは、それまで一緒に暮らしてきた愛犬たちから受け取ったものなのかもしれないと感じた。
自宅をキノコの形にしてしまうという大胆さと花を生ける繊細さを兼ね備えた治見さんに愛情をいっぱいもらったムースちゃんは、そんな治見さんを空からずっと応援してくれているのではないだろうか。

株式会社seeds 代表取締役 佐々木 治見
1979年、栗原市生まれ。
幼少期から犬のいる家庭で育つ。留学していたヨーロッパで電車やお店などどこでも犬と一緒にいる光景を目の当たりにし、いつか日本もペットに優しい国になれたらいいなと強く思う。帰国後はフラワーコーディネーターとして活躍。現在は生花販売、介護用品の販売・レンタル、建設工事、コインランドリー、胞子活動(妖精の家)など幅広く手掛けている会社の代表。