お笑いは人間性
月亭方正独演会が2025年10月12日に白石市で開催された。記念すべき「えんためあるしゅ」の第1弾だ。今回は落語会に続いて、方正師匠と一緒に愛犬撮影会という、何とも異色の組み合わせである。イベント当日は朝からあいにくの雨だった。北海道・青森公演と多忙を極める方正師匠。疲れが残っているのでは…と心配するなか、疲労を微塵も感じさせない振る舞いでまっすぐに私を見つめ、力強く挨拶に応じてくださった。目の前の人間を大切にするその姿勢に、テレビでお馴染みのイメージとは少し違う重みのような、一本筋の通ったプロの矜持が垣間見えた気がした。方正師匠の人柄を感じ、心をギュッと掴まれた。落語家・月亭方正の深みと温かさが凝縮された、忘れられない一日の始まりであった。

読者の皆さんは月亭方正さんをすでにご存知だろう。人気テレビ番組「ダウンタウンのガキのつかいやあらへんで!」に出演し、長きにわたりお茶の間で愛され続けている人気お笑いタレントだ。体を張ったリアクション芸、理不尽な状況でも決して諦めないキャラ。その一方で、NHK『天才てれびくん」のMCや、アニメ『学級王ヤマザキ」の主題歌でのCDデビューなど、お笑いの枠を超えて活躍する多オな人である。
人気絶頂の渦中にあった2008年、40歳を目前にして落語に出会い、上方落語の大御所・月亭八方師匠に弟子入りを志願し新たな一歩を踏み出した。そして2013 年1 月、芸名・山崎邦正の名を封印し、高座名である月亭方正に改名。落語家としての決意を固め、活動の拠点を大阪へ移す。
ここで上方落語について簡単に説明しておきたい。上方落語は江戸時代中期に上方(現在の大阪・京都を中心とする地域)で生まれ、昔は大阪落語や京都落語などと呼ばれていた。昭和7年に当時の雑誌が初めて「上方落語I と称したとされる。大阪弁などの上方言葉を使い、江戸落語と比べてより庶民的であり、より笑いを重視するなどの特徴がある。

方正師匠の経歴に話を戻そう。2021 年、新弟子迎え入れで新たなステージヘ昇った方正師匠。実力主義の上方落語で品師匠々と呼ばれる存在となった。
「自分自身が月亭八方師匠に門を開いていただいた恩義がある。だからこそ、その門を閉ざすことはしない」と、師弟の連鎖を繋ぐ強い覚悟を語る。
落語に出会ってから17年が経ったいま、精力的に落語会を開催し、古典落語から自ら創作する新作落語まで幅広く演じている。
「(落語の世界に入って)自分発見がめちゃくちゃできた17年やった。
―お笑いは人間性一こんなに自分が真面目な人間やったと気がついた。落語に出会えてよかったと思おてる」
芸歴20年以上のベテラン。これまでの芸人としての経験が高座での表現力や間の取り方に活かされている。とはいえ落語界では若手という立ち位置。落語家としての公演をはじめ、お笑い芸人としてバラエティー番組への出演、大学の臨時講師を務めるなど幅広く活動している。好奇心と探求心に満ちたその生き様は多くのファンに勇気を与え続けている。

上方落語の公演は西日本が主となるなか、「コロナ前の縁がきっかけ。宮城、久しぶりやねん」と方正師匠。漫談家あべこうじさんがオーナーを務める旅館での公演や、秋田県の住職さんとの出会いなど、東北地方との縁を大切に育んできた末に実現したのが、今回の独演会であった。
地方公演の醍醐味を尋ねると、「やはり「ガキの使い」の印象で、落語を聞いたことのない若いお客様に来ていただける機会があること」と話す。落語会特有の重厚な空気感とは異なる、その土地ならではの会場の雰囲気。それに合わせて演目を巧みに変えてお客様を楽しませるのが、方正師匠流の心意気だ。
さていよいよ独演会の始まり。高座に上がった方正師匠は先ほどまでのリラックスした雰囲気とはまた違う、しかし、お客様を楽しませるという点では揺るぎないプロの顔をしている。落語の魅力を丁寧に解説しつつ、お客さんとのコミュニケーションを深めていく師匠。最初は遠慮がちだった客席の笑い声があっという間に大きくなっていく。「ガキの使い」の貴重な裏話も実に嬉しく、巧みな話術と見事なオチで客席は大いに笑い、聞く者みな師匠の世界へ引き込まれていった。
一席目の結びはあべこうじさんによる漫談。賑やかで軽快なトーク、身近な話題を素晴らしいテンポで一気に、本当に一瞬で引き込む。聴覚で心が満たされる落語と漫談。まさに笑いの相乗効果。次の二席目が楽しみで仕方がない、そう思ったのは筆者だけではなかったはずだ。そして二席目。落語初体験のお客さんが多いことを考慮して、初心者向けの演目を披露してくれるらしい。
お、面白い。何がって、やはりやま落語でもク山ちゃん々の魅力が全開なのだ。大晦日にビンタをされる前のあの感じを思い出す、あの声色と声量。それでいて、高座に師匠でない人が何人もいるかのように錯覚する演じ分け。何役も演じて、けれどその1 人ひとりにちゃんと人柄や背景、性格まで透けて見える。師匠の魅力と面白さが随所に散りばめられて、その語り口、絶妙な占間々、日本語の奥深さと妙味を巧みに生かした物語の展開に夢中になった。

方正師匠に聞く。落語とは何だろう。「落語は不親切な芸。小物がないし、驚物を麓て座っているだけ。個々の想像力を剌激して初めて成立する。でもそれこそが、そこが落語の一番の魅力。イマジネーションも、受け止め方や楽しみ方も、人それぞれ。だから表現の幅も無限に広い。それもまた落語の魅力」方師匠の演目を聴きながら、その言葉の通りだと実感した。見事な語りは私たちの想像力を掻き立てる。会場に集まったお客さんは皆知らない者同士、赤の他人。だが、そこにいる全員が師匠の落語を聴いて同じ情景を想像し、そして一緒に笑い転げる。客席に座っていることを忘れ、まるで自分が元から話の世界の住人であったかのような感覚。会場にいるすべての人と、心と五感を共有したような、不思議な一体感だった。方正節が炸裂した高座に心底引き込まれ、もっと話を聞きたいという強い思いと余韻を残して。稀有な体験であった。

方正師匠が上梓した「落語は素晴はなしかねたらしい噺家10年、根多が教えてくれた人生の教え』(ヨシモトブックス)という本がある。そこには、落語というフィルターを通した方正師匠の人生論が紹介されているのでぜひ読んでみてほしい。落語は演目ごとに伝えたいことが込められている。それを汲み取り、私たち自身の生き方にどう活かすか考えることも落語の楽しみ方の―つだろう。
「落語は何度も聞いてみて、慣れてくると面白さが深まり、もう抜け出せなくなる。だから何度も聞いて欲しい。何度も聞いて、慣れてきたところからが本番。一度ツボにハマると、「次はどんな仕草で来る?」『こまの間は何を意味する?」「どんな展開になるの?」と、どんどん深みに引き込まれていくのが落語のすごいところ」

あっという間に幕を閉じた独演会。まだまだ余韻が残っているところだが、いよいよお楽しみの『方正師匠と一緒の愛犬撮影会」。師匠は家族大好き&愛犬家で、これはファンの間ではとても有名な話。妻と誕生日が一緒、という運命的なシーズーのチャチャちゃんは、師匠が大阪へ拠点を移す際に娘さんが一目惚れした子で、娘さんが命名したそう。多忙な公演の合間に帰宅した師匠を一瞬で、ただのお父さんに戻してくれる魔法の存在だ。毎朝のチャチャちゃんとのお散歩が楽しみで、「行く?の合図を待ってるんですよ。自宅に帰ると玄関にお迎スに来てくれるんですぅ〜あれがほんまに本当に籍しいんですよ!」。
愛犬から全身全霊のウェルカムを受ける瞬間はまさに至福だ。師匠はこの最高の信頼関係を保つ秘訣について、日々のルーティンが大切だと語る。
「ルーティンで安心感を与えるとチャチャが信頼を返してくれる。それがチャチャと僕との生活で大切にしていることなんです」






そんな方正師匠との愛犬撮影会。なんと師匠は「参加者のワンちゃん、全員抱っこするよ〜」と自ら申し出てくれたのだった。さらにあべこうじさんも一緒に写っていただけることに。会場に集まった皆さんの笑顔がさらに輝いた。私は夢中でシャッターを切っていった。
撮影で印象的だったのは、方正師匠がカメラに向けた真摯な眼差しである。それはスタッフ一人ひとりに、落語会場のお客さんたちに、飼い主さんたちに、さらにワンちゃん一頭一頭に向けられていた。極めて丁寧で、それでいて人情あふれる温かい眼差しだった。長い芸歴と確固たる知名度、弟子を率いる師匠という立場でありながら、謙虚で分け隔てのない方正師匠の生き方や人柄、そういったものが何気ない眼差しにも現れているのだろうと思う。
「お笑いは人間性」。
インタビューでの方正師匠の言葉だ。人間性こそがお笑いの土台である。お笑いの技術やキャリアを超越した真髄ーー師匠がこれほどまでに人々の心を捉え続けるのは、この揺るぎない土台の上に築かれているからに他ならない。その心温まる振る舞いのおかげか、気づけば雨は止み空は明るくなっていた。
「落語は知らないけど月亭方正は知っているという人が多い自分だからこそできる『落語の素晴らしさを伝える』ということ。それが僕のこれから進んでいく道。そして(チケットの)即・完売!が目標"」師匠はそう言って白石蔵王駅の改札へと向かって行った。明日は愛知公演だという。売れっ子は休む暇もないのである。
愛犬チャチャちゃんとの幸せなルーティンで心身を癒やしつつ、芸道ますます深まる師匠の前途。次回の宮城公演を、そして心温まる師匠との撮影会を、心から願ってやまない。



方正師匠との愛犬撮影会は→こちらをご覧ください
(取材・写真 那須川薫)
落語家、お笑いタレント 月亭方正(つきてい・ほうせい)
1968年生まれ。兵庫県出身。
落語家よしもとクリエイティブ・エージェンシー大阪本部所属。
NSC6期生。本名・1 日芸名は山崎邦正。
2013年1 月より芸名を高座名「月亭方正」に改名。
上方落語協会会員。出囃子は「ヤマザキ一番」。















