Moon River

第二話

音楽の都で

オーストリアのウィーンに暮らす友人宅に転がり込んだ時から、私はヨーロッパの虜になった。

その年から毎年数ヶ月、お金をためてはヨーロッパ諸国を旅するのが楽しみだった。どこを切り取っても画になる建造物とサマータイムのピンクの空、適当に入ったベトナム料理屋のテラス席で初めて見る銘柄のビールを飲みながら友人と再会を祝って会話が弾む。

友人とは中学時代同じ吹奏楽部で、朝6時おきの朝練を週7で共にした仲だった。あの頃はただ必死で特に深く考えることもなく配られた楽譜にかじりついていたが、この街に訪れて改めてクラッシック音楽に触れたくなった。芸術は、それが生まれた場所の匂いや環境、当たり前だがそれを生み出した人物の背景をそのまま閉じ込めている。

この街で活躍した数々の天才作曲家たちの脳内がどんな構造になっていたのかなんて想像もつかないが、この街の荘厳な建造物や少し憂いを帯びた空の表情を見ていると、あの音楽たちが生まれて来るわけもなんとなく、わかるような気もする。

モーツァルトにベートーヴェン、シューベルトにヨハンシュトラウス。

現代ではもう誰もが知る歴史上の偉大な人物として記憶しているので、ついつい同じ人間だという事を忘れてしまうが、彼らも朝目覚めてきっと同じようなトーストを食べ、同じようなコーヒーを飲み、愛に傷つき、恋に溺れ、同じようにちょっとダルい事もあったり、もしかしたらグリーンピースが食べられなかったのかもしれない。(私と同じで)

ウィーンといえば、モーツァルト。街には至るところに旗がかかっていて、手軽なスーパーにも、路面店にもモーツァルト・チョコレートが売られている。

モーツァルトはこの街で、どんな日常を生き、どんな事を考えていたのだろう。芸術家には努力家が多いと聞くが、モーツァルトはそんな名だたる作曲家の中でもずば抜けた神童ぶりだったというのは有名な話。わずか5歳で鍵盤楽器からヴァイオリンの技術までほぼ習得、14歳の時に訪れたローマにて礼拝堂で演奏されていた、当時絶対門外不出だった合唱曲を一、二度聞いただけで完璧に耳コピしてしまい、外に出てすぐに楽譜に書き起こしてしまったという話も。

そんなモーツァルトは35歳という若さでこの世を去るまで数々の名曲を世に送り出すのだけれど、才能あふれる故、少しオマセさんだったらしい。7歳でヴェルサイユ宮殿で演奏したときには、あのマリー・アントワネットにプロポーズしたそう!

そんな少しオマセでロマンティックなモーツァルトが街中にはためく現代のウィーンを、本人はどんなふうに眺めているのだろうか。朝から晩までモーツァルトの音楽が流れ、音楽家たちがそのメロディを奏でている。

とても不思議なんだが、クラッシックを聴きながら味わうビールやコーヒーはなぜ味が変わるのだろう。深みが増し、勝手に脳内で映画のようなワンシーンが映し出される。それは自分が見てきた人生の様々なシーンの走馬灯のような。

中学生の頃はクラッシックなんて退屈だ、なんて思っていた。どの曲聴いても一緒だし、眠くなる…と。けれどそれは、クラッシックが退屈なのではなく自分自身が退屈な人間だったのかも。お酒もコーヒーもクラッシックも、人生が深まれば深まるほどに味が変わっていくものなのかも。

「ねぇってば、聞いてる?」

パッと目を開けると、友人が笑いながらこっちを見ている。時差ボケにビールですでにほろ酔いの私はまぶたが重い(笑)。中学時代、同じ音楽を奏でた仲間が目の前に、しかもウィーンの夕暮れに一緒にビールを飲んでいるなんて。そういえば苦手だったビールもいつの間にか飲めるようになったしね。

この日は時計が十二時を回るまで。
ウィーンの長い夜……笑い声が響いた。

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azufeeling

1989年生まれ長野県出身。両親の影響で幼少期より洋楽を聴きピアノやドラムなど楽器に触れる。15歳でボーカルに転身、自ら作詞作曲を手がける。2016年:映画の主題歌を含むファーストアルバムでメジャーデビュー(AZUSA WATARI名義)。2018年:単身渡欧。語学を学びながら各地のアーティストとの交流を通じ制作活動に邁進。2019年秋 アーティストネームを渡梓(AZUSA WATARI)からazufeelingに改名。
web… https://linktr.ee/azufeeling
楽曲… https://music.apple.com/jp/artist/azufeeling/1484307116

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コメント

    • dddd
    • 2020年 10月 25日

    音楽というものは本当に底無し沼で、終わりのないマラソンで、それでいて国が認めた唯一の麻薬だ。それらを作り出す人たちは、同じ人間であることを知りながらも、僕なんかとは違う世界を見ているのかもなんて考えるけど、見えているものはさして変わらないのかも。世界に転がるかけらに気付けるかどうか。そんな音楽は映画との繋がりも強い。流れる音楽によっては悲しくもなればハッピーにだってなれる。逆に言えば流れ出す音を辿れば少し先の展開を読めたりもする。今はどうしても観る気が起きない作品もビールと同じように好きになれるのだろうか。いつの日か観るべきその日が訪れるのだろうか。

    • azufeeling
    • 2020年 10月 31日

    @dddd
    コメントありがとう。今は聞く気が起きない音楽や、映画ってあるよね。なんだか今じゃない感を本能で察するというか。色や匂いとかもそうで、一生ハイボール飲もうと思ってもある時全く受け付けなくなってビールだけになったり。ちなみに私はこれからどんどん寒くなるというのにビールブームが来てるよ。私の中だけで。

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