サンタのいるケーキ屋さん。そう言われて『アルパジョン』を思い浮かべる宮城県民は多いのではないだろうか。現在県内の7か所にあるこちらのケーキ屋さんはどの店舗でもサンタクロースの人形がお出迎えしてくれている。正式なお店の名前は「Monsieur Masuno ARPAJON(ムッシュ マスノ アルパジョン)」。どの店舗も個性的で建物自体、その外観からして可愛らしい。店内に入るとクリスマスをイメージするオブジェがあちこちにディスプレイされており、なんだかワクワクしてしまう。とろけるクッキーやクマの手シューラスクなどの人気商品が並ぶ中、ひと際目を引くのはやはりショーケースに並ぶケーキたち。色鮮やかでどれも主役級のケーキの中から自分が食べるケーキを一つ選ぶというのはなかなかの至難の業だ。

泉八乙女店

そんなアルパジョンの店内ではなぜかわんちゃん用のおやつが売られている。自社工場で製造しているというそのわんちゃん用のおやつは各店舗のみならず、ネット販売もされているようだ。なぜケーキ屋さんがペットのおやつを作っているのか?その疑問を解くために、オーナーシェフであり代表取締役の益野英昭さんにお話を伺った。

子供の頃から漫画を描くのが好きだったという益野さん。高校時代には教室の机に描いたイラストが消えないように上からしっかりニスを塗るという大胆な行動をするほどで、将来は漫画家になるのが夢だったそうだ。しかし現実は厳しくその夢は夢のままで終わらせてしまった。大学へは進学したのだが、そのまま企業へ就職しサラリーマンとして働く自分の姿が全く考えられず、手に職をつけそれで勝負する世界へ進みたいと漠然と考えていたそうだ。

その頃父親が、勤めていた地元の和洋菓子店から独立し、ケイクランドという名前の店をオープンさせた。店には母親も出るようになり、忙しく働く母親の代わりに益野さんは自分で食事を作りパートさんなどへも振舞った。作り始めてみると料理をすることが楽しく感じられた。その上食べたパートさんからは「ヒデボン(英昭の名前から付いた愛称)の作る料理は他と何か違う」と褒められて、益々料理が好きになった。店が軌道に乗り始め自分もケイクランドを手伝うようになると、今度はお菓子作りの奥深さに魅了され、そこから本を読みあさり独学で菓子作りを極めるようになっていった。

1993年、26歳の時に石巻市南光町にテナントとして初めての自分の店、アルパジョンをオープン。

そして翌年、27歳の時大きな転機が訪れた。

当時アメリカのことをあまり良く思っていなかったという益野さん。自分が好きな「食」も「車」も日本の方が勝っていて、そのほかに関してもアメリカはダメな国だと考えていたそうだ。

だから大した期待もなかったが、なんとなく旅行先に選んだのがラスベガスだった。そんな益野さんだがラスベガス空港に降り立った時、気づけば自然と涙があふれていた。「世界中から人が集まりその人たちを笑顔にさせているここは自分が考えていたダメな国なんかじゃなかった。世界には自分が知らないこんなにも魅力的な所があったなんて。そう気づかされた自分がとても小さく砂粒以下の存在に思え、その情けなさに涙が出てきた」というのだ。

衝撃を覚えた益野さんは今までの自分がとても怠けていたように思え、もっとやれることがあるはずとそれまで以上に意欲的に仕事に取り組んだ。リスクを恐れ安全な道のみを歩いいたのでは何も変わらない。

「地域に根差したケーキ屋になり自分の作るケーキで多くの人を笑顔にする」その目標に向かって動き出したのだ。ちなみに、その転機となるほどの衝撃を受けたラスベガスでは1年中クリスマスグッズを販売しているお店があり、それを見たとき、老若男女、季節を問わずいつでもサンタクロースは愛されている存在なのだと気づかされた。それ以降自分の店アルパジョンを愛溢れるお店にしていこうとサンタクロースをお店のシンボルにしたのだそうだ。普通なら冬限定のサンタクロース。夏に見るのはおかしいと思われるかもしれないが、逆にそれが功を奏した。カタカナのお店の名前は覚えられにくいが「サンタがいるケーキ屋」というワードで老若男女誰もが思い出してくれる。

意識改革がされた益野さん率いるアルパジョンは軌道に乗り、その後数年おきに県内各地にお店を出し2023年には名取箱塚店と仙台一番町店をオープンさせている。アルパジョンのお店は岩沼店を除いて全てにスイーツ専門のカフェスペースがあるのだが、新たにオープンさせた2店舗では毎週木曜から日曜までの4日間、加えて石巻総本店では毎月末に数量限定でハンバーグランチの提供を始めた。もともと料理をすることが好きでその腕前を「他と何か違う」と言わせた益野さんのこだわりは、吟味して選んだ肉の塊を自分で挽くところから、ひとつひとつのソース作りにまで行きわたり、「ムッシュバーグ ステーキランチ」として多くの人を笑顔にしているようだ。実はこのハンバーグランチを始めたことで、それまでお菓子作りでは出会わなかった肉の仕入れ先とも繋がり、それが犬用のおやつを作るきっかけの一つとなったのだ。

大切な家族 ラムちゃんとジャムくん

そしてもう一つのきっかけがやはり愛犬の存在。益野さんのご自宅ではトイプードルが2匹一緒に暮らしている。ちょっとナイーブなジャムくんとくいしんぼうなラムちゃんだ。この愛犬たちの小さな命はかけがえのないもので誰もがそうであるように、口から入れるものには慎重になってしまう。仕事がら益野さんはパッケージの裏に書かれている原材料を一目見ただけでその善し悪しがわかってしまい、特に添加物の多さには危機感を感じるそうだ。愛犬を食の危険から守るためにはどうすればよいか…。そう考えたとき、自分で作ることが一番信用できるので、それを同じ思いを持つ飼い主のために大量生産して販売するという構想が生まれたのだ。

考えついてからすぐに動き出した。仕入れ先とのつながりもあるし、主原料となる肉をミンチにする機械や焼き上げるスチームコンベクションオーブンなどの機材もアルパジョンの工場にはそろっている。もちろん販売するだけの量を生産できるシステムがすでに揃っているのだ。

お菓子作りの知識と繊細さをもつ益野シェフにとって、犬のおやつ作りはそう難しくなかった。ただ試作の段階で犬の食物アレルギーについて知ることとなる。つなぎに使っていたおからが大豆アレルギーの犬には食べさせられないと聞かされアレルギーに関して新たな知識を蓄えた。そしてヒューマングレードで完全無添加・グルテンフリーの犬用おやつが完成した。軽くサクサクと食べられるそのおやつは食いつきもよいと評判でケーキ屋なのにペットのおやつが人気商品に加わった。

ヒューマングレードの犬用おやつ作り

「今年の春ごろにはネコちゃん用のおやつも販売予定です。ただ犬と違って猫は食ムラもあるし個体差で食いつきが違うので試行錯誤しながらやっています。また多くの猫がかかる腎臓病のケアもおやつでできるような、そんなプレミアムな商品も開発中です」そう話す益野さんはとても楽しそうで、「実は今、本業のお菓子作りよりも燃えている」と教えてくれた。

そしてもう一つ、ケーキともペットのおやつとも全く関係のないところで益野さんが力を入れているのが再生エネルギー発電事業だ。「これからの時代、そう遠くない未来で電力不足が懸念される。資源のない日本でいかに電気を作り出すか。いや日本だけではなく世界規模で環境を破壊することなく安定した電気供給を考えなくてはならない時期が来ている」そう話す益野さんはすでに動き出していて、アルパジョン各店舗や事務所に太陽光発電を取り入れ、それにより各店舗で使用する電気を賄っている。また再生可能エネルギーの固定価格買取制度が始まったのをきっかけに5,000坪のメガソーラーを建設。これで300軒~400軒ほどの一般住宅の電力を賄えるほどの電力が生産されているそうだ。今後はさらに拡充し、クリーンな電力を作る東北一の事業者になりになり日本を変えていきたいと話してくれた。

最後にちょっとだけ、営業部部長である吉川さんに益野社長のことを聞いてみた。吉川さんは益野さんとは中学から大学までずっと一緒だった同級生で、益野製菓には中途入社ながら社長のことをよく知る人物だ。その吉川さんが益野さんのことを「ビッグマウス」だと言った。「大きなことを言う。だがそれは自分のことを鼓舞するためで、常にいろいろなことに取り組んで、言ったことを実現させる人」と、友人のことを誇らしげに教えてくれた。

学生の頃から人が思いつかないようなことをしていたという益野さん。その人柄や発想力、行動力に今までも、そしてこれからも、周りの人を惹きつけていくのだろう。
(取材:NAOKO)

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