山形村から山形へ、大切なあの人に逢いたくてトップインフルエンサー たまねぎさん

文/渡梓 撮影/百瀬恵子


2020年12月25日号(ARCHE! No5)に登場いただいた、ワンちゃんとの生活、トップインフルエンサー「たまねぎさん」。今回の2022年12月25日号(ARCHE!No13)にも登場いただきました。前回「早くたまねぎさんの記事を読みたい」という全国の方々からご要望がございましたので、今回もホームページにも掲載させていただきました。


 朝方4時の長野県山形村。まだ辺りは真っ暗閤。後部座席にはまだ眠そうな愛犬と、隣にはカメラマンとして同行してくれる小学校からの幼馴染。地元のコンビニ駐車場には運送トラックが停まり、少しだけせわしない空気を含んだ光景が慣れ親しんだ地元の風景をまた新しく切り取った。
 何年かぶりにレッドブルに口を付けながら、カーナビに行き先を入力する。
 —–山形県蔵王温泉。
「片道410キロ!?」
「到着まで8時間35分!?」
 分かってはいたが私たちは二人で声を上げた。暖房の効き過ぎた車内の空気を入れ替えようと窓を開けると、少し埃っぽくて土臭い嗅ぎ慣れた匂いがした。まばらに続く頼りない街灯が村内で一番大きな通りを照らしている。空はいつもよりも少し星が見えにくかったので、私たちは「明日はそんなに冷えなさそうだね」と予想した。

 今回の旅はずっと逢いたかった方に会いに行く旅。おととしインタビュー記事を担当した”わんこ界のトップインフルエンサー“ たまねぎさん。3頭のスタンダードプードルと可愛いお孫さん2人の幸せあふれる日常風景の投稿が人気を博し、今やSNSの総フォロワー数は60万人超、CM出演や書籍出版など多方面で活躍されている。当時はコロナ禍のピークだったため対面でのインタビューは叶わなかったが、ようやくお会いできることとなった。

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 そんなたまねぎさんファミリーに今年2月、突然の別れが訪れた。黒のスタンダードプードル・<ぅさんが悪性肉腫のため14歳11ヶ月で旅立ち、その後、半年とたたず白のスタンダードプードル・りっくんが胃捻転のため急逝した。
 たまねぎさんのプログには闘病の様子が、そして家族が『ひとつの決断』に至るまでがリアルタイムで綴られていった。たまねぎさんのSNSアカウントにも常時数千件を超える励ましのコメントやリアクションが寄せられ、多くのフォロワーたちが共感し見守っていた。

 朝日が昇る頃にはすっかり目も覚め、助手席の幼馴染といつものように何の脈略もない話が始まっていた。彼女は最近いつも華奢なハンドバッグに分厚い本を入れている。私はその本について尋ねた。
「ハイデガーの存在と時間って言う、なんか有名な哲学書だよ」と彼女は答えた。
「ふーん。どんな内容?」
「いや難しくって私もよく分かんないんだけどさ。この世に存在する大体のものは存在理由を持っているんだけど、人間は何のために存在しているのか分からない。けれど人間は自分自身で存在理由を考えることができるし、対象のものに存在理由を与えることができる、みたいな~」
 私は自分で質問しておきながら彼女の話し声をBGMにして別のことを考えていた。そんなことにも慣れている彼女はそのままひととおり話し終え、ふと窓の外を見て声をあげた。「ねぇ! 海!」。
 海なし県で暮らす私たちはどうしても海を見つけると大騒ぎしてしまう。雲ひとつない秋晴れの空と輝く水面に思わず目を細めた。

 山形村を出発して新潟周りで山形県へ向かうルート。途中、海沿いの米山サービスエリアで休憩がてら海をバックに撮影する計画だった。愛犬はいつもの調子で車から飛び降りると大きく伸びをして体をプルプルと振り、ふんっとひと息、大きめのため息をついた。幼馴染は慣れた手つきでカメラを準備し始め、手際よく海の撮影を進めていき頃合いを見て私たちにレンズを向けた。瞬間、けたたましいサイレンの音が鳴り響く。
「ミサイルだって!!」
 駐車場からたくさんの人たちが建物内に避難していく。私たちは急いで車内に戻りカーナビのテレビでニュースをつけると、新潟県、山形県、宮城県が赤く点滅し緊急速報が流れていた。まさに私たちがこれから向かうルートだった。
 彼女が青ざめた表情で言う。「雨女なのは知ってるけどミサイルまで降らす気なの」「いや冗談言ってる場合じゃなくて!」
 そんな会話をしながら安全が確保されるまで待機した。ここ数年、まさか自分が生きている間に起こることは無いだろうと思っていた出来事が次々と起きている。

 パンデミックに戦争、震災や環境問題、etc…。サイレンが鳴ってミサイルに怯えながら避難するだなんて、有名な戦争映画の中だけの世界だと思っていた。パンデミックによって海外にいる知人も数人亡くなってしまった。誰かと会って話をして、「じゃあまたね」—-そのままもう二度と会えないことがこんなにも身近にあるんだと実感した近年だった。
 聞き慣れないアラートの不協和音に神経が逆立ち、ふとそんなことを思い出して一瞬センチメンタルになる。大きく深呼吸してからまたしばらく車を走らせると、美しく色づいた山々が見えてきて、少ししんみりした心を優しく慰めてくれているようだった。

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 山形県の看板が見える頃には待ちに待ったご対面にワクワクが募りはじめる。もうすぐたまねぎさんたちに会える! 長い道のりももうすぐ。紅葉に包まれた蔵王の麓に到着し、インスタグラムで見慣れた大きな白いモコモコが駐車場で飛び跳ねているのが見えた。
「かあわいい!!!」
 私たちはこの日何度目かの合唱をした。

 たまねぎさん、大将、まめちゃん、むーむ、そしてがっくん。温かく迎えてくださり、私の愛犬マシュもがっくんとお利口に挨拶ができた。午後の柔らかな光がさす、可愛い木造りのおうち。
 「さぁどうぞ上がってください」たまねぎさんがリビングのドアを開けると、壁に飾られたたくさんのお花、贈り物、3頭分のリード、そしてくぅさんとりっくんの写真。初めてこの場所に伺ったはずなのに何だか懐かしくて、私にはくぅさんとりっくんの足音が聞こえた気がした。
 自身のことを、「とっても口下手なんです」と仰っていたたまねぎさん。テーブルについて挨拶が済むと少しだけ沈黙が流れた。
 「”あれから”どんなふうに過ごされていましたか」
 「毎日、とにかくバタバタと、せかせかと過ごしています」
 そんなひと言をきっかけに、たまねぎさんはゆっくりゆっくり話し始めてくださった。

 少し控えめな声でたまねぎさんが話し始める中、がっくんがリビングを闊歩する。「こーら!がく!だぁめ!」。何かイタズラをするたびに笑いが起きて皆がっくんに視線を奪われていた。
 2頭がいなくなってがっくんは少し大人しくなったそう。今まではなんでもりっくんの真似をしていたそうだが、「最近ようやくいろいろなことが自分で考えられるようになったんです」と、たまねぎさん。すると大将が、「がっくんはようやく家族を独り占めにできているんだよ」と言った。
 お二人の声色はどことなく似ている。柔らかくて落ち着いた話し声が昼下がりのリビングと絶妙にマッチして不思議な空間を作っていた。私はここ数日ずっと考えていた一つ目の質問を投げかけた。
 「今日はくぅさんとりっくんの思い出をたくさん聞かせてください」。すると、今まで少し緊張した面持ちだったたまねぎさんの表情が一気に緩み、「そんなそんな、思い出がありすぎて何から話したらいいかわかりません(笑)」。
 その後はもう時間を忘れて会話に花が咲いた。<ぅさんがパピーだった頃、飼育方法でたくさん失敗したこと。少し気難しくて神経質で手を焼いたこと。<ぅさんを迎えたことがきっかけで始めたブログが徐々にたくさんの方に見てもらえるようになって、今でも大切なたくさんのご縁を繋いでくれたこと。他にもたくさん。

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 りっくんは特に著名犬としてさまざまな仕事の機会も多くあったようで、その中で特に印象に残った時間についてお聞きした。
 「う~ん、どの機会もとても印象深いですが・・・あ!ベック!ベックさんのミュージックビデオ(MV)をうちの庭で撮影したんです。それからベックさんがりくに逢いたいと言ってくださって、来日した時に武道館の関係者口から入ってご本人に会えたんです!」
 「ええ~!! じやあ武道館のバックステージに入った初めてのワンコですね、きっと!!」
 そんな数奇な機会のきっかけはある日突然のこと。洋楽レーべルからインスタグラムにダイレクトメッセージが届いた。『某グラミー賞受賞アメリカ人アーティストから、新曲のMVにぜひまめちゃんとりっくんに出演してもらいたいとオファーが来ています…』という内容だったそう。
 そんな話が進む中、ベックの緊急来日武道館公演が決定し、急濾ご本人と会えることになったファミリー。武道館のバックステージでまめちゃんりっくんに会えたベックは大興奮だったようで、その日ポーダーの服を着ていたりっくんたちを見るや否や、「待って!僕もお揃いの服があったはず!」と、着替えに走って行ったらしい。当時のインタビュー記事にはこう書いてある。
「友人が送ってくれた写真で、彼らの存在を知って、彼らが共有する特別な友情に感動したんだ。それはこの世の中も捨てたもんじゃないって思わせてくれるような写真だった。彼らはまるで地球上の人に笑顔をもたらすために派遣されてきた特殊エージェントのような存在、”僕らがいる限りすべて大丈夫だよ“ って気づかせてくれるようなね。まめとりくは武道館まで遊びに来てくれたんだ。ずっと続いてほしいと感じるような時間だったよ」(PR TIMESより株式会社KADOKAWAプレスリリースより引用」

 そして最後に少しだけ、別れの時のことを話してくださった。
 「<ぅさんは、ずっと闘病していたので多少は覚悟ができていましたが、りっくんはとにかく急で、あっという間に逝ってしまって。けれど2頭とも最期を看取らせてくれました。顔も見えない離れた場所からフォロワーさんたちがたくさんの励ましを送ってくださって。本当に有り難かったです。そんなご縁も全てくぅさん、りっくんが繋いでくれました」

 緊急搬送された病院でたまねぎさんたちは二択を迫られたという。このまま入院している間にもう危ないかもしれない。それなら治療をやめて家族と共に過ごすか、それとも奇跡を信じてこのまま治療を続けるか。
 家に連れて帰りたいけれど、そうしたらまるでりっくんの命を諦めることになるんじゃないか。りっくんならどうしたいだろう、どうしてって言うだろう。
 たまねぎさんの中で自然と出た答えは、「家に連れて帰ろう」と言う選択だった。それはとても前向きな決断で、お家に帰って川の字で眠り、パワーを送って奇跡を起こして、明日からまたどんどん元気になるんだ!
家族みな一緒に!そんな気持ちだったという。
 嗅ぎ慣れたもしゃもしゃの毛に顔を埋めながらいつものように一晩過ごした後、りっくんは旅立った。

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 時折リビングの1カ所を見つめながら話すたまねぎさんと、うんうんと頷く大将。私たちはただ笑って、驚いて、また笑って、そして少しだけ泣いた。悲しさを感じたからではなく、ただただ愛しい時間が流れていたから。今も2頭はそこにいて、窓際で日向ぼっこをしているようだった。
 つらい別れの後、たまねぎさんと大将は、「もうしばらくワンコはいいや」と思っていたそう。そんなお二人を友人のひと言が背中を押した。「残りの人生の時間を考えたら、1秒でも早く迎えた方がいい!」。子犬を迎えて、できるだけたくさんの時間を共にして、思いっきり運動もさせてあげて、そして最期の時まで何があってもそばにいる。その責任を考えたらお二人が決断を下すまで時間はかからなかった。
「2頭がいなくなって、何か不思議なことはありましたか?」
「あ、ありました!子犬を迎えようと決めて、いつもお世話になっているブリーダーさんに連絡をとりました。そしてリクの直系の子犬の出産時に、私、まった<身に覚えのないLINEをブリーダーさんに送っていたんです」
 そのLINEの内容は「最初に黒い子が産まれて、最後に白い子が産まれる気がします」…だったそう。ブリーダーさんからの事前情報では、条件的に黒い子はほぼ産まれないと聞いていたそうだが、出産の時が来て、たまねぎさんのLINEの通りになった。
「ええ~!すごいですね!しかもLINEの内容を覚えていないなんて!」
「本当に不思議です。まだ産まれたばかりで対面はしていないのですが来月迎えに行くんです!」
「それじゃあ、会って瞳を見たら何か感じるかもしれませんね」
「そうですね!ブリーダーさんから送られてきた動画を見る限りでは黒い子の方がおっとりしててリクに似ているかも!それとも全く違っタイプかもしれません(笑)。とにかくなんだかとってもご縁を感じたんです」

 あっという間に時間が過ぎ、最後にお土産をいただいた。蔵王名物、いが餅。白くて丸くてりっくんとうちのマシュにそっくりだった。またの再会を約束して私たちはまた片道8時間の帰路についた。

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 夕暮れの高速道路に夜の帳が下りて、見知った地名の看板が目に入ってくる頃、助手席の彼女が私に向けて言っているのかわからないくらいの小さな声で呟いた。
「完結していなくてよかったなぁ」
「何急に、どうゆうことよ」
 もう車内はすっかり暗いというのに、彼女は例の分厚い哲学書の1ページを開いてスマホの明かりを照らして読んでいた。彼女はその本をやけに大切にしている様子だったので、そんなにその本のどこが好きなのか尋ねると、「んー。未完なところ」と答えた。
 そのまま黙り込んで読書をする彼女の横で、私たちはそれぞれの時間を過ごした。確かに全ての存在に明確な答えが出されていたら、『生きる』ということの半分の興味も失っていたかもしれない。ふと後部座席のケージで丸まって眠る愛犬に目をやる。彼らはきっと、愛されるから愛しているのではない。”愛しているから愛している”のではないか。言葉は話せないけれど、”存在“がそう語りかけてくる。
 では私はマシュにとってどんな存在でありたいだろう。美味しいものをくれる人?散歩に連れてってくれる人?どうせなら、一緒にいてハッピーな人、くらいにはなりたい。マシュがそんなことを思ってくれるかは分からないけれど。
 たまねぎさんは、ただただ「ありがたい」と言っていた。2頭がくれた全ての瞬間に。たまねぎさんが思い出話を語る時、確かにそこには愛しい時間が存在していた。

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 助手席の彼女はいつの間にか寝たらしい。静かな車内から見える車窓に夜景が反射して、一瞬だけ煌めいて流れていった。残りの人生がどれだけあるのかはわからないけれど、できるだけ愛しいと思える時間を過ごそう。そんなふうに思った。たくさん失敗や後悔をしたってきっといいんじゃないか。だって歴史に残る有名な哲学者ですら、未だに答えを探しているのだから。
 それにしても山形村まであと2時間もある。助手席と後部座席で爆睡する一人と1匹に挟まれて、この時間はなんだか嫌いじゃないなと思った。愛しいかどうかはちょっと分からないけれど。
 眠気覚ましに少しだけ開けた窓から、夜の冷えた空気がひんやりと頬に触れた。

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